15 酒の部(南蝶食単)

2016年11月23日 (水)

ソーホーの五加皮

 初めてロンドンへ行った時、ソーホーで中華料理を食べた。
 あるところに店が二軒並んでいて、別々の店かと見えたが、中はつながっており、厨房は一緒だった。向かって左は内装が綺麗で、イギリス人の客が入っている。向かって右側は安食堂風で、中国人しかいない。
 わたしは食堂の方に入った。揚げ魚のあんかけを飯にのせたものを食べたが、悪くなかった。
 高い棚をふと見ると、中国酒らしき壜がある。ボーイに言って、一杯飲んだ。五加皮だったが、よく見る天津の五加皮とは違って、透明なガラス壜に入っていた。

2016年10月15日 (土)

グミ酒

 子供の頃、ねえやの花ちゃんから、山にはアケビやグミの実という美味しいものがあると聞かされた。アケビの方は随分前に八百屋で買って、その正体を知ったが、グミは五十をすぎて初めて現物に出会った。
 瀬見温泉の宿の番頭さんが、秋に手製のグミ酒をつくってくれたのである。
 グミの実はイクラほどの大きさの粒で、赤い。初め焼酎に漬けてあったが、新しくて渋味があった。飲んでしまってから泡盛を入れてみると、初めのうちは合わなかったが、三ヶ月ほどすると、薄い色がついて良くなって来た。しばらく冷蔵庫で寝かしておいた。

2015年11月 6日 (金)

ココナツ酒

 原宿に住んでいた頃、セントラル・ビルの一階にあった「カフェ・セントラル」というフィリピン料理屋へ時々行った。ここにココナツ酒が置いてあった。透明で、ほのかに甘酸っぱい香りがし、アルコール度数は高い。  
 南千住へ引っ越してから知り合ったA藤さんが、フィリピンへ行くというので、土産にココナツ酒を頼んだ。  
 A藤さんは透明なのと青いのと緑色のと三種類の酒を買って来てくれた。運転手に聞いて、ココナツ酒を買いに行ったのだが、
 「そんなもの、飲まない方がいいよ。身体に悪い」  
 と運転手は言ったそうな。  
 飲んでみると、たしかに凄まじい味で、昔飲んだものとは大違いだ。一本はM君にやり、一本はK君に進呈し、残りの一本はまだ家にある。

2015年6月 9日 (火)

 お屠蘇

 わが家の屠蘇は味醂に屠蘇酸でつくるが、Y田先生の御宅では味醂と清酒を混ぜてつくっていた。祖母は先生の奥様からそのことを聞くと、目から鱗が落ちたようなことを言って、翌年酒と半々でつくってみたが、一度きりでやめてしまった。
 それで、わたしも味醂の屠蘇を毎年つくって飲んでいる。

2014年11月 5日 (水)

「真澄」の樽

 浅草の「松風」には色々な酒の樽があったが、中でも「真澄」は美味いと思った。  
 信州で飲んだ時の味に次いだ。

2014年5月25日 (日)

タム・カレン

 並木橋にあった「赤とんぼ」のマスターは、横須賀の将校クラブで修行した人だった。ある夜、何かカクテルをと言ったら、レモンを搾った酸っぱいものをつくってくれて、
 「タム・カレンです」
 とアメリカ仕込みの英語で言った。すなわちトム・コリンズである。
 この店にはレモン・ビタースが置いてあって、時々ジンにそれを入れて飲んだ。

2014年3月 9日 (日)

「ヴォーカル」のアブサン・フラッペ

 学生の時、駒場の商店街の裏通りに「ヴォーカル」という喫茶店があった。夏は掻き氷を食べに来る中学生などで賑わっていたが、洋酒も置いてあった。ここのアブサン・フラッペはペルノーに掻き氷をたっぷり入れたもので、緑色の酒が見る見る白濁してゆく。
 I原という悪い飲み仲間がいて、私が第三外国語のドイツ語の授業に出ようとすると、
 「そんなのやめて、アブサン・フラッペを飲みに行こう」
 と誘う。
 私はもちろん誘惑に負け、それでいまだにドイツ語が出来ない。

2013年12月22日 (日)

山葡萄酒

 昔、大学の同級生の佐藤Mが夏休みに「チャリンコ」で北海道旅行をした。駅で寝ていたら駅長さんが家に連れて行って、手製の山葡萄酒を飲ませてくれた。
 「ウンコみたいな匂いだったけど、美味いんだ」と言っていた。
 私はどぶろくはよく飲むけれど、山葡萄酒はこの秋、瀬見で初めて飲んだ。
 葡萄汁と同じ匂いがした。味も同じようだった。

2013年10月 1日 (火)

M家の古酒

 酒というものは条件が揃うと、思いのほか長持ちする。
 M君の信州の実家が引っ越しをした時、縁の下に「岩波」という酒をしまい込み、それきり四十年間忘れていた。ある時ひょっと出て来たので味わってみると、美味い。M君はそれを東京へ持って来て、わたしも少しお裾分けにあずかった。酸味や臭みはなく、まろやかな飲み口だった。
 二千年前の古墳から出てきた酒が香り高かったという話も、嘘ではないような気がする。

2013年8月25日 (日)

「きょう太」のほでなす

 田中温泉に滞在した時、鳴子郵便局の隣にあった居酒屋「きょう太」へよく行った。
 この店に「ほでなす」という酒があった。といっても、そういう銘柄ではない。「きよう太」は色々な地酒を置いていたが、ある客が日本酒を何ケースも注文したきり、急死してしまった。亭主は酒を一年程冷蔵庫に保存しておいたところ、低温で熟成したのか、口あたりが良くなっている。つい飲みすぎて「ほでなす(馬鹿者)」になるというので、このように命名した。
 私も幾度かそれを飲んで、ほでなすになってフラフラと宿へ帰った。